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丸裸にされた「美術なるもの」の実態とは何か。成相肇評「フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」展

共同体パープルームを主宰するアーティスト、梅津庸一のキュレーションによる企画展が、日本橋三越本店内のギャラリーで開催された。ステートメントによれば、「造形」の変遷を軸として、日本における「美術なるもの」にまつわる魔術性や禍々しさに言及することが本展の狙いとされている。はたして会場で剥き出しにされたものとは何か。東京ステーションギャラリー学芸員の成相肇が分析する。

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わかりやすい文脈への回収を避ける意図とは? 平芳幸浩評「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展

ベトナムからの難民という背景を持つヤン・ヴォー。歴史や記憶をまとった彫刻や物を、切断・再構成するスタイルで世界的に注目を集めてきた。その一見不親切で、鑑賞者に「戸惑い」を感じさせる作品の意図とはなんであろうか。日本では初となる美術館での個展について、マルセル・デュシャンを専門に近現代の美術史研究を続ける、平芳幸浩が読み解く。

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たぐりよせ・編み直し・ひらかれた糸からみえるもの 若山満大評「いのちの裂け目―布が描き出す近代、青森から」展

青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)にて、3名のアーティストが青森市教育委員会が所蔵する民俗資料や文化財を用いたインスタレーションを展観する本展。新型コロナウイルスの影響による開催延期に際して、動画公開などウェブコンテンツを充実させるなどの展開をみせた。それに対し、「観られない立場」から、インディペンデント・キュレーターの若山満大がレビューする。

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女性器が「選ばれない」世界で。小田原のどか評「遠藤麻衣×百瀬文 新水晶宮」

身体と演じること、眼差しと欲望、セクシャリティとジェンダーについて、多様な角度からアプローチを重ねてきたふたりのアーティスト、遠藤麻衣と百瀬文が、男と女、自然物と人工物などに二分されることのない、新たな性のあり方を探る展覧会「遠藤麻衣×百瀬文 新水晶宮」(TALION GALLERY)。本展を、依然として強い性差別やジェンダーギャップが残る世界の現状を踏まえ、小田原のどかがレビューする。

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動画記録が創出する特異な世界像。中島水緒評「青木野枝展 微塵」

4月に開催予定だった青木野枝の個展「微塵」は、緊急事態宣言を受け開催を延期。その後、gallery21yo-jのウェブサイトにて、本展の展示風景を記録した中川周による動画が公開された。「記録」であると同時に、中川の「作品」といった両義的な性質をもつこの記録動画に着目し、中島水緒がレビューする。

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両者の「記号性」をめぐる緊張関係と相互作用。調文明評「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」

東京都写真美術館の「写真とファッション」展は、新型コロナウイルス感染症の影響による休館を経て、7月19日まで開催。長年にわたり文化誌『花椿』の編集者を務めた林央子を監修に迎え、アンダース・エドストローム、髙橋恭司、エレン・フライス×前田征紀、PUGMENT、ホンマタカシが参加した。1990年代以降の写真とファッションの関係を再検証する本展を、写真批評家/写真史研究者の調文明がレビューする。

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足元が揺らぐいま「路上」から風景を見る。はがみちこ評《BEACON 2020》+「目を凝らそ」

京都文化博物館で今年1月から展示された、現代美術のユニットKOSUGI+ANDO(小杉美穂子・安藤泰彦)と映像作家の伊藤高志、稲垣貴士、哲学者の吉岡洋による映像インスタレーション作品《BEACON 2020》と、オンライン上で展開されるプロジェクト「目を凝らそ」。コロナ禍によって世界の見え方が大きく変わるいま、京都の路上に焦点を当てた両展を、アートメディエーターのはがみちこが論じる。

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歴史に対する個人の想像力。馬定延評 カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」

世界各地の美術館や文化組織と協働し展覧会などを行うカディスト・アート・ファウンデーションと東京都現代美術館の共同企画展「もつれるものたち」は、新型コロナウイルスの影響を受け、3ヶ月遅れで公開中だ。12組のアーティストによる、ものをめぐる多様な思索を通じて現代社会を新たな視点でとらえようとする試みを、馬定延がレビューする。

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質を変えて拡散されるクッキーの山山。 檜山真有評 フェリックス・ゴンザレス=トレス《無題(角のフォーチュンクッキー)》1990/2020

「美術作品としての唯一性は作品の所有権のみに委ねられる」。この定義をもとに制作された、故フェリックス・ゴンザレス=トレスによる《無題(角のフォーチューン・クッキー)》(1990)。最初の発表から約30年を経た今日、本作はアフターコロナの世界に対するアート界からの提案として、個人宅を中心とした世界中の1000ヶ所で同時に展示されている。本展をキュレーターの檜山真有はどう見ただろうか。

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物語は、万華鏡のような明晰さを伴って映画全体に反響する。飯岡陸評 エドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の想い出』

1980年代におこった台湾ニューシネマを代表する映画監督、エドワード・ヤン。『ヤンヤン 夏の想い出』は2000年に公開され、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞するも、ヤンの遺作となった作品である。台湾の社会を見つめ続けてきたヤン監督が本作に込めた問いに、現代の私たちはどう応答できるか。キュレーターの飯岡陸がレビューする。

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「なおす」ことで日常と震災をつなげる  熊倉晴子評 「青野文昭 ものの, ねむり, 越路⼭, こえ」

1990年代より家具や日用品などの廃棄物を補完し新たな形態を生み出してきた青野文昭。昨年末から今年にかけて、せんだいメディアテークにて開催された展覧会「ものの, ねむり, 越路⼭, こえ」では、東日本大震災以降に制作された大型作品と新作を中心に、1000平方メートルの会場全体を作品化し、震災の記憶を立ち上がらせた。本展をキュレーターの熊倉晴子がレビューする。

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つながりからの隔絶、機械への憧憬。AKI INOMATA評「余白/Marginalia」展

SNOW Contemporary(東京・六本木)にて、近未来の芸術について考えるプロジェクトの一環として、布施琳太郎のキュレーションによるグループ展「余白/Marginalia」が開催された。東京に緊急事態宣言が出される前、最後に見た展覧会が本展であったという、アーティストのAKI INOMATAがレビューする。

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近代を超克しようとした画家の生涯。横山由季子評「背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」展

明治時代に図案制作を始め、1907年に安井曾太郎とともに渡仏。帰国後の14年には二科会の創立メンバーになるなど洋画の世界で活躍するが、その後は洋画を離れ文人画風の作品世界を展開した画家・津田青楓。練馬区立美術館「生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」は、作品や関連資料を通してその生涯を振り返る大規模な回顧展となった。同展を、金沢21世紀美術館学芸員・横山由季子が論じる。

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詩と眠る体験。小金沢智評「最果タヒ 詩のホテル」

詩人として多彩な活動で注目を集める最果タヒとグラフィックデザイナーの佐々木俊が、京都にあるホテル「HOTEL SHE, KYOTO」内の3室で「詩のホテル」を展開している。部屋のそこここに最果の詩が散りばめられたこの一室に東北芸術工科大学専任講師・小金沢智が宿泊。その体験を通じてレビューする。

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長きにわたりポスターを支え続ける幸福とは何か。 塚田優評「9 Posters」

広告媒体としての存在意義を担うものとして、瞬く間に消費されては姿を消してゆくポスター。メディアの多様化とデジタル化が進む現代において、かつての重要性は失われつつあるだろう。イラストレーター山本悠による企画展「9 Posters」では、ポスターが持つ物語や形式、ポスターそのもの物質性などに焦点を当てる。ポスターの存在は、いったい何に支えられているのだろうか。本展を、視覚文化評論家の塚田優が論じる。

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「いま、ここ」に集えないなかで、演劇が持ちうる力とは? 田中綾乃評『おちょこの傘持つメリー・ポピンズのいない劇場』

SPAC(静岡県舞台芸術センター)がゴールデンウィーク期間に開催を予定していた「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」が新型コロナウイルスの影響で中止となり、代わってオンラインを中心とした企画「くものうえ⇅せかい演劇祭2020」が立ち上がった。本演劇祭のなかからライブ配信された『おちょこの傘持つメリー・ポピンズのいない劇場』を中心に取り上げ、人々が集まることができなくなった現在における演劇のあり方について、哲学研究・演劇批評の田中綾乃が論じる。

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